はる(13)

雲の手は山並み撫でるかのように 春の嵐の雨降りやまず ムクノキの白い木肌を覆いたるキヅタの若葉噴き出すがごと 陽のあたる若葉の上に糸のよな細い影引く小蜘蛛かな

はる(12)

幾百の光の花びら放ちつつ 午後の日差しに桜溶けゆく 飛び立った鳩の羽音やさしくて桜の花びらわずかに揺れる 風のない真昼の空をすべりゆく綿毛の行方 追いかけている

ふゆ(3)

薄氷 雪解け水に浮かびつつ空の青さの隣に寄り添う 穏やかな冬の日差しの海があり 鳥の鳴き声自由に渡る 寒空をつかむかのよに枝伸ばす榎の大木西日が照らす

あき(5)

バス停のベンチの上に揃いたるドングリよけて隣に座る 荻の穂を数条つかむバッタあり風なき午後を揺れて過ごさむ 川原沿い西日眩しく片目閉じ石を鳴らして川に寄り添う

はる(11)

廃屋の黒き瓦にちらちらと桜の花びら辿り着きたり 首長のタンポポ仲良く風まかせ揺らいで止まる石垣の上 何かしら小虫咥えるツグミあり 春の野原の食うと食われる

あき(5)

ノブドウの不格好な実、色づいて 藪の中にも秋は来たれる 欄干にノスリ近づくその瞬間、気が変わりけり林に帰る 夕日越しススキの穂波揺らめいて光こぼれる帰り道かな

あき(4)

真っ暗な秋の夜明けに窓開けて すぐさま気がつく金木犀の香 氏神に大旗の立つ秋の朝 静かに連なるコオロギの音 朝からの長雨終わり屋根の上 夕日の光をスズメが浴びる

なつ(9)

若葉色ちびのカマキリ振りかぶり大きな指に立ち向かいたる 唐突に蝉の鳴き声抜け落ちて、ほんのわずかな夏の静寂 梅雨の夜、月は沈んでまた浮かび雲の海原泳ぎ続ける

なつ(8)

はぐれ者カラス真昼の道の上、小さな影を背負って歩く 飽きもせず雨降り続き白露の飾り重たきツツジの花弁 青白のシオカラトンボやすやすと短き稲の間、潜り抜けたる

なつ(7)

ヒメジョオンばかり咲きたる野の原は白く波打つ風吹くたびに 空を行く黒雲のごと足早に自転車過ぎさる夕立の前 オオムギの揺れる穂先に腰掛けて揺れては飛び立つスズメの遊び

はる(10)

朝起きて日の出を見たり電線の上のスズメと同じ目線 真っ直ぐに伸びるロープにオニヤンマ、羽を休めて顔を掻きたり 大雨の一晩明けて天空の水あふれたる河原の歩道

はる(9)

春風を斜めに受けて胸そらし 今年のツバメも見事に飛べり どんぐりが目を覚ましけり重たげな我が身もち上ぐ春の林床 たんぽぽの花をまたいで荒れ果てた畑地の藪に猫は消えけり

ふゆ(2)

庭の奥、バケツに張った氷にも冬の朝日が差し込み始める 真っ白な雪の野原にてんてんと狸の足跡、丘を越えたり 常ならず 木の実咥えたヒヨドリは梢に居ても無口なままか

ふゆ(1)

横たわる黒雲の上の冬の日は沈み込む前、輝きを増す 雪の舞う野原に残る枯れ枝のモズは静かに狩場を見つめる 草の葉の地面に広げた手の上にしっかり残る霜の輪郭

あき(3)

アオサギはバサと飛び立つ金色の稲穂の揺らぎ後に残して 地に伏せた黄揚羽哀れ数匹の蟻近づいて風吹き止まず あぜ道を自転車こいで進みけり山並みの輪郭清き秋の朝

なつ(6)

ツユクサの小さく青い花の上に夏の青空こぼれ落ちたる 空色のトイレのタイルの真四角を斜めに動くハエトリグモかな 雑草の海に埋もれた畑から空を仰げば秋の雲行く

はいく(1)

曇天を切り裂いて飛ぶツバメの仔 対岸はすべて新緑 川の端 類を呼ぶまた里芋のおすそわけ 年に一度カワセミに逢う佳き日かな 蝉の音にくるまれて行く森の道

はる(8)

晩冬の夜明け近くの群青の空のどこかで烏が鳴けり 薄桃の桜並木の陰ぬけて春の日差しを再び浴びぬ ツバメからツバメに繋ぐ大空の曲線やまず動き続ける

あき(2)

桑の木の下半分をオレンジに染めつつ沈む秋の夕陽 電線にちょいと乗りつけ、くるくると尾羽根ふるわすモズの到来 縦横に枝を巡らすクスノキの下を通って近道すなり

あき(1)

四枚の羽輝けるアキアカネ、影なき道をまっすぐに飛ぶ 夕空に肋骨みたいな雲浮かび涼しい風吹く秋の入り口 月を呑みまだらに光る夜の雲ゆっくり漂えクラゲのごとく

なつ(5)

盛りあがる入道雲の瘤の上の空の青さは変わらざりけり 鮮やかな百日紅の花 目印に見知らぬ路地に迷いこみたり 水無月の満月照らす農道を影一人連れ気ままに歩く

なつ(4)

明け方に沸き立つような椋鳥の声で目覚める夏の真ん中 雨音と雨の匂いに身を委ね遠い昔を思う夕暮れ 葛の葉をかきわけ森に帰ろうと、もぞもぞ急ぐ小綬鶏の仔

なつ(3)

乱れ飛ぶ雀蹴散らし夕立が荒く告げたる夏の始まり 夕立はほどなく去って何もかも黄色に染まる日暮れを見たり 夏の夜の闇に重ねて銀色のキリギリスの音朝まで止まず

なつ(2)

楠の大樹の下に細く長く蟻の行列、動きを止めず 長雨に遭えど変わらぬ紫陽花の青い瞳に見送られている 睦まじく嗄れた声で愛を語る鴉が二羽いる電柱の上

なつ(1)

片隅でまとまって咲く鬼百合を順に訪う揚羽蝶かな 意気揚々、林の中に逃げこんだ 雉の足取りだけは勇まし 羽ばたいてしきりに鳴いて後を追う 雀のオスに幸あれかしと

はる(7)

蝶二つもつれるように飛びあって ただただ静かな祠の木陰 草の葉の細いところを掴みつつ なぜか落ちない天道虫かな 風にそよぐオオムギ畑を通り越し地平近くに満月見えり

はる(6)

チラとだけお腹を見せて身をよじり仔ツバメははや土手の向こう 気がつけばすぐ足元に月見草だれにも告げず夜道を歩く ホウホウとどこかで鳴いてるキジバトにいつか会いたし若葉の季節

はる(5)

雨上がり朝の光が眩しくて雀が歌う心地するなり 強風に押し流されて舞い戻る紋白蝶の日々は戦い 草叢を歩けば即座にバッタ飛ぶ二足歩行の巨人恐れよ

はる(4)

柔らかなヨモギの若草踏み越えて今年最初の草履の出番 この草を降りるか登るか決めかねるテントウムシはしばし動かず 青空に螺旋を描くトビを見て ゆっくり飲みほす水筒のお茶

はる(3)

大石を掴むトカゲは背と腹で春のぬくもり感じているはず 草陰のカラスアゲハがふんわりと木漏れ日避けて花蜜を吸う 数十のコウモリが飛ぶ夕暮れにぽっかり浮かんだ半分の月